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 麦わらの一味の朝は早かったり遅かったりとクルーによって様々ではあるが、基本的には規則正しい。それは食事の時間にうるさい料理人がこの船のタイムスケジュールを大まかに預かっているからだ。普段の彼の朝は誰よりも早いが、しばらくはその必要がない。とある島に上陸したからである。

 

 シュー・ドゥ・ティと言うその島は、かなり宗教色の強い島であった。どれそれは食べてはいけない、何時のお祈りを欠かしてはいけない、隣人に暴力を振るってはいけない、神に殉じて死んだ者が行く場所は全ての願いが叶う場所である―――等々。

 

「くだらねェ」

「島の外の人間にそれを強要する訳ではないのだから、頭ごなしに否定してはだめよ、剣士さん」

 

 吐き捨てるように言った神を信じない男ロロノア・ゾロを諌める口調ではなく笑顔で言うニコ・ロビンに、肩を竦め興味が無さそうに肩を竦めた。強要しないとはよく言ったもので、この宗教は既に島においては日常なのだ。それに従わぬものは異質。余所者に対する排他的な雰囲気はあからさまで、老人等は特に火炙りにでもしたそうな雰囲気でねめつけて来る。

 

「ログが溜まるのは三日後。船番は今日はチョッパー、明日がウソップ、明後日がゾロ、最終日はそのまま皆で集合ね。サンジ君、買出しは?」

「いつもどおりでっす、ナミさん!」

「そう、じゃあ最終日に生物とか野菜ね。それじゃあ……ルフィは?」

「アイツなら冒険だっつってウソップとどっかいっちまったぞ」

「もぉぉぉっ!あいつら見つけたらくれぐれもトラブルを起こさないように伝えてちょうだい!それじゃ、あとは自由行動!」

 

 普段からテキパキとした航海士は今日もクールだ。サンジはその手腕にメロメロしつつ、女の子同士連れ立ってショッピングに行くらしい二人をハンカチを振って見送った。ゾロはてっきり、サンジはエスコートと称して女どもについていくのかと思っていたのでおくびには出さないながらも内心面食らった。ナミ自身も断る準備をしていた風情で、若干拍子抜けした顔をしてロビンと歩いていく。

 

「ふぁ……チョッパー、船戻るか」

「え……で、でも自由行動だぞ?船番くらい独りでできるぞ!」

「そりゃ出来てもらわねェと困るなァ。なんか眠くてよ……クセェ男部屋でもうるせェイビキ無しで寝られるんなら上陸した甲斐もあるってモンだ」

「ああ、サンジ昨日見張りだったもんなァ。それじゃあ一緒に行こう」

 

 そんな事を言いながら歩き去っていくトナカイと料理人の背中を見つめるゾロは、何とはなしにため息を付いてどこかにあるだろう酒場を探して歩き出した。

 

 実はこのロロノア・ゾロ、件の料理人に絶賛片思い中であった。何故、いつから好きになったのかはもう覚えていない。バラティエで出会った時かもしれないし、アーロンパークで男気を見せられたときだったかもしれないし、船の上でじゃれあうような喧嘩をしているときだったかもしれない。

 

 サンジは毎日ゾロに新しい発見をさせる。珍しい魚を見つけたときは子供のような笑顔を見せたと思えば、水平線を眺める愁いを帯びた横顔は大人っぽかったりする。その顔を盗み見ている間に、ゾロはいつの間にか恋に落ちていた。ゾロ自身はそれを恋、しかも初恋だと認識はしていなかったのだが、自分がサンジに対してただならぬ感情を抱いてしまったことには自覚があった。

 

 ちなみに、ロビンの説明を聞くところによると、この島では同性愛は中々に高度ランクに位置するタブーらしい。まあ、だからなんだと言う気持ちもあるが、大罪と言われていい気はしない。

 

―――この宗教の神は慈悲深いのですって。大罪を許す奇跡を与えるのだとか。

 

 赦しなど必要ない。もともとこの思いを伝える気は毛頭無い。成就しない事が解り切っているからと言うのもあるが、伝える事によってただでさえ希薄な今の関係にさらに亀裂が入るのはゾロ自身の望むところではない。もともと好かれているとは思わないが、さらに嫌われては目も当てられない。毎日のように喧嘩し、戦いでは互いに背を預け、たまには酒を酌み交わす。それで良かった。

 

 自分には大きな野望がある。それ以外については、多くは望まないつもりだった。

 

 

 

 

 まず、結論から言って酒場はなかった。否、あるのかもしれないがゾロには見つけられなかった。縁が無かったのだろうとゾロは思う。しかし運よく酒屋は見つけて安酒を二本購入出来たので、貰った小遣いで宿でも取るかと思っていたらどうやら島を一周してしまったらしい、見覚えのある羊頭の船が港に浮かんでいた。別れしなに聞いた台詞に聞き間違いが無ければ、チョッパーとサンジが居るはずだ。

 

 すでに規則正しい料理人が定めた夕食の時間は過ぎている。戻ったところで夕食にあり付けるとは思わないが、腹をすかした者に弱いコックに腹の虫の鳴き声でも聞かせてやればツマミ位は作ってくれるのではないだろうか。もしそうなったなら、買った酒をコップ一杯分くらいは分けてやろうと思った。

 

「あれ、ゾロ!ゾロも宿は取らねェのか?」

「あァ……別に、宿に用はねェしな」

 

 見つからなかったと言うのも癪でそう言うと、一人きりの筈だった船番に途端に人数が増えてニコニコした船医が「そっか」と答える。

 

「コックは?」

「サンジか?夕ご飯を作ってくれたあと、また寝ちゃったぞ。ここ最近ずっと忙しかったから、ちょっと睡眠不足だったみたいだ。喧嘩して起こしちゃダメだぞ、ゾロ!」

「……別に寝てる奴起こしてまで喧嘩する趣味はねェよ」

 

 珍しい事もあったものだと期待の外れたゾロは首の後ろを掻きながら船尾へと移動した。チョッパーもゾロに傍にいて欲しいわけではなく、指定席に居てくれるだけで安心するものだなと心強く感じながらも見張り台の上に戻っていく。

 

 

 

 酒は結局買った二瓶の一つだけ開けた。もう一瓶も飲んでしまいたかったが、安酒のわりに中々悪くない味だったのだ。コックに飲ませてもう一度同じものを買ってこさせたい。あれの嗅覚があればおのずと見つけて買ってくるかもしれないが、不確定な要素は期待せぬ性質だ。それにあわよくば今夜望めなかったつまみをもう一度作って欲しかったし、代償として荷物持ちを申し付けられるのも望むところだ。だから、ゾロはその酒を格納庫に隠しておいた。

 

 寝ようと思えばいくらでも眠れるゾロは、寝酒も飲んだことだしさっさと寝てしまうかと男部屋へ足を踏み入れる。心持ち静かにドアを開けたつもりだが、サンジは猫のように眠る男だ。極稀に寝ぼけはするものの、大体僅かな物音でも目を覚ます。思ったよりもメリーの立て付けが悪くなっているらしい、男部屋のドアは軋み不快な音を立てた。

 

「……んぁ」

 

 ―――何?

 

 掠れた声が上がる。サンジを起こしてしまったと思ったがその考えは霧散した。その声が聞き覚えの無い女の声だったからだ。

 

(トナカイに船番させといて、女連れ込んでやがったのか?)

 

 料理人の女好きは最早病気だ。ナミやロビンに対する美辞麗句ははっきり言ってゾロに言わせれば異国語だ。恐らくアホの国の言語なのだろうと思う。サンジが今までの島で女を買ったとか買っていないとかはいちいち把握していないが、ゾロは数度買っている。その折にサンジと娼館で鉢合わせたことは無い。あれが童貞だとは思わないが、どうも女を大事にしすぎて商売女にすら手を出さないのかと思ったことがあった。あれの言葉を借りれば「おれはいつだって本気の恋しかしない」とか何とか。ラブコックのクセをして、意外と貞操観念は高いのだと妙に感心したことがあったような記憶ががある。

 

 それが自分の勘違いだったのか、暗がりの中もぞもぞと動くシルエットはサンジのものよりも一回り小さい。暗闇に慣れてきたゾロの目に、ぶかぶかのサンジの白地にブルーのピンストライプシャツを纏った白い肌が浮いて見える。

 

 女と言う生き物に性欲を感じたことはあっても、特定の女固体にそれを感じたことはなかった。だが、その白さには妙に目を惹かれた。これが商売女で、サンジの相手が終わったのなら浮いた宿代で次の相手を願おうか。サンジの性器を受け入れたであろう場所に己の性器を嵌め込む事は、やけに魅力的に思えた。変態的である事は解っているが、そのアイディアには抗い難いものを感じた。

 

「……おい、てめェ……」

「なんだ、クソ剣士か……せっかく独りで眠れると思ったのによ」

「……なんだと?」

 

 この女は一体、何を言っているんだ。サンジの口調でゾロをクソ剣士と呼び、サンジがするような欠伸と背伸びを同時に行う仕草をして、サンジと同じ金髪を掻き毟って、サンジと同じ側の目だけを晒して、サンジと同じように、眉が。

 

「「……あァ?」」

 

 声をあげたのは二人同時だった。混乱していたのはゾロもだが、その女も暗闇の中混乱していることは明らかだった。まさか。まさか。まさか。

 

「……てめェ、クソコック……か……?」

「他に誰が……っつか、なんだこれ、声が……?」

 

 数年前に声変わりしたはずのおれの美声が、などとのたまう声は美声に間違いはないだろうが声変わりとは無縁の鳥の囀るような軽やかな女の声だった。サンジは声にしか気を取られておらず喉を摩ったりしているが、ゾロにはもっと全体的に異変が見えていた。

 

 サンジが眠っていたソファに歩み寄り、胸倉を掴んで無理やり立たせる。何しやがる、と聞きなれぬ声は言うがゾロはそれ所ではなかった。掴んで立たせた体はいつも以上に軽い。そして胸元から覗くはずの平らな胸板は今は無く、ゾロの掌にちょうど収まりそうな大振りでも控えめでもない、強いて言うならジャストサイズの乳房が覗く。

 

 がしゃん、とサンジの足元で金属音が響いた。サンジの細いウエストにパンツをフィットさせていたベルトがパンツごと足元に落ちたのだ。身体にフィットするタイプのボクサーパンツは辛うじて留まっているが、その中心で息衝いているはずのサンジの息子さんは、ご不在だった。

 

 ぐに。乳を揉む。

 

「ぎゃ!!」

 

 さわ。股間を撫でる。

 

「うぎゃあ!!!てんめェこのクソ変態、何しやがんだぁあっ!!」

 

 まだまだ寝ぼけ気味だったサンジは一発で覚醒して蹴りを放った。が、それはゾロの腹にクリーンヒットしたにも拘らず、ゾロは二、三歩たたらを踏むだけだった。

 

「……へっ」

 

 サンジは不思議そうに声を上げたが、ゾロには理由がわかっていた。単純な力が足りなかっただけではない、リーチがサンジの想像以上に短かったのだ。おかげで踏み込みも浅かった。ゾロはその勢いだけなら以前に劣らない鋭い蹴りを放った細い足首を掴むと、そのままサンジをソファに座らせる。

 

「クソコック、てめェで確認して見やがれ」

 

 そして、コックの宝である両手首を掴んで、サンジの胸板(跡地)をむんずと掴ませた。

 

 もにゅ。

 

「えっ」

 

 もにゅもにゅもにゅもにゅ。

 

「えっ、えっ」

「こっちもだ」

 

 傍目から見れば酷くエロい光景であったが、動転した二人にはそれ所ではなかった。ゾロに手首を掴まれ導かれるままにサンジの細い手が股間に触れる。

 

 あの柔らかい、そして時には硬い、19年来の相棒が、家出をしていた。

 

 ひゅうっとサンジが息を吸い込んだので、ゾロは、ああ、これは耳を塞がないとえらいダメージを被る、と思ったのだが。

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 掴んだ手首が細くて温かくて離し難かったので、鼓膜へのダメージを甘んじて受け入れた。

リリース日:2010/08/21

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