ロロノア・ゾロは東海の魔獣と呼ばれていた。バラティエにいる時も、サンジは今と変わらず日々新聞は読んでいたから、その通り名についても読んだ事があった。
「魔獣……ねェ……」
出会いのインパクトは確かに強烈だった。だが、魔獣というイメージよりも、潔さや剣士としてのプライドなんていう、ゼフ曰くの一本槍なイメージの方が強すぎたので、一緒の船に奇妙な縁で乗る事になった今もいまいちピンとは来なかった。さらに生活を共にして実物を知るに至ると、その通り名については頷けるところも笑い飛ばしてやりたくなるところも目に入ってくるようになった。
左党と思いきや甘いものも喜んで食べるとか。フケ顔のクセにむかつく口げんかを売って来る時の顔はいたずらっ子のガキそのものだとか。敵と対峙した時の刹那的に爆ぜるきらめきにも似た刃のような鋭い眼光は、大口を開けて居眠りをこいている時には目蓋に隠されて穏やかに凪ぐ事とか。
喧嘩は毎日のようにするが、悪いやつじゃあないと知っていた。はず。だった。の、だが。
「キャアアアアッ!?」
「……ッんナミさん!!?」
明日の朝食の準備を済ませ見張り当番として展望台にいたサンジは、何キロ先にいても聞き逃さない自信があるナミの悲鳴を耳にして5秒で一気に甲板へと降りた。敵襲であるはずはないが、一体何があったのか。声の出所を探して走り、たどり着いたのはユニットバスの扉の前。走ってきたサンジを見つけて不機嫌そうな表情を浮かべていたのは件の「魔獣」、ロロノア・ゾロその人であった。
「……なんだ……今日はテメェが見張りか」
「は!?なんだじゃねェよ!!!ナミさんの悲鳴が聞こえなかったのか!?おいナミさん、どうした!?」
「あー……そりゃ……」
面倒そうに呻くゾロの言葉に被せるようにナミの怒鳴り声が響く。
「ゾロ、アンタ借金五倍にしてやるからね!!見物料は勿論別!!」
「あァ!?こんな時間に入ってるてめェが悪いんだろうが!」
「なぁんですってェ!?」
「ぬぁんだとてめェ!てめェまさか……まさかたァ思うが、な、ななななナミさんの、ナミさんの神聖なる入浴シーンを覗きやがったのか!!」
ああめんどくせェ、とばかりにゾロが返事もせずに頭を掻く。その仕草にイラッとしたサンジは即座に足を繰り出そうとしたが、ナミの声が聞こえてその足を一時空中に留めた。
「そーよサンジ君。ゾロなんかボコボコにしといて」
「イエス・マム!」
そしてその留めた足を一気に振りぬいた。図らずもワンテンポ遅らせた事がフェイントとなり、ゾロはその蹴りをもろに横腹で受けて甲板の端まで吹っ飛んで行ったのだった。
結局風呂上りのナミにぶん殴られるまで二人の喧嘩は続いたわけだが、この日を境にサンジのゾロ観は変わった。
(あの野郎はケダモノだ……全レディの敵だ……)
魔獣、確かに的を射たネーミングだったというわけだ、と深く納得したサンジだ。サンジは深く悩んだ。この船には美女が二人いる。一人は先だっての被害者であるナミ。もう一人はミステリアスセクシーお姉さま、ニコ・ロビン。どちらも、できるものならサンジの方が風呂を覗きたい位の美女である。絶世のだ。そしてサンジの身体は一つだ。
であれば、手は一つ。
「……何の用だてめェ」
「恋のボディーガードだ。てめェみてェなケダモノをナミすゎんとロビンちゅわんに近づかせねェようにな!」
「誰がケダモノだ!ありゃ間違いだ。魔女が入ってると知ってりゃ開けなかった!!鍵も閉め忘れてたあいつがわりィだろ、ありゃ事故だ事故!」
サンジはゾロを監視する事にした。勿論サンジは日夜忙しい。なので出来る限りの範囲になるが、それでも何もしないよりはマシだ。ゾロは相当嫌そうな顔をしたが、だからどうだというのだ。女神の安心はこの騎士たる己が護らねばならぬ。そう心に決めて、サンジは豆の筋を剥きながらサンジの射殺さんばかりの視線にたじろいでいる様にも見えるゾロの監視を始めた。
サンジがゾロを監視するようになってから一週間が経過したが、サンジは益々危機感を強めていた。なぜかって、あの魔獣ときたら最近とにかくヤバいからだ。目つきとか気配とか、発する何かがとにかくやばい。この間なんかは眠っているときになんか生暖かいなーと思って薄ら目を開けたら、緑色が目に入ってきてサンジは固まった。
ゾロの無骨な手がサンジの髪を握り、首筋に生暖かい息を履きかけながら硬い歯を当てていたのだ。
(こ、こここ、ここ、こいつ、おれの、お、おれの喉笛噛み切る気か……!?)
驚きと、認めたくは無いが恐怖に全身が強張り、う、と呻き声が漏れた。するとゾロははっとしたように顔を上げ、盛大な舌打ちとため息を漏らして自分のハンモックに帰っていった。
(あ、あ、あ、のやろう、ついに欲求不満でおかしくなりやがった!!!)
つまりはサンジの監視が成功しているという喜ばしい事でもあるのだが、まさか監視者たるサンジの息の根を止めてまでナミやロビンに無体を働く気だったのかと思うと思い返してもぞっとする。何より、サンジが完全に覚醒していると知らぬままふてぶてしく自分のハンモックに戻ったゾロの股間は、サンジが未だ嘗て見たことのない盛り上がりをみせていた。
(怖ェェェェエエエ!)
この男は適度に抜くという事を知らないのだろうか。サンジが見張っているから出来ないのか?いやしかし、風呂やトイレまでは見張っていない。そこでさらっと抜けばいい。結局その日はゾロの鼾が聞こえてきても、ゾロが起きてきていつ女部屋に忍び込もうとするか気が気じゃなく、サンジはまんじりとも出来なかったのだった。
翌日の晩。ゾロは男部屋には来なかった。そっと覗き見れば船尾で鍛錬をしていたらそのまま寝こけたというのが推理をしなくてもありありとわかる状態だった。大の字。上半身裸。串団子はそのまま。
昨日見た股間の盛り上がりは今はなりを潜めているが、だからどうしたというのだ。そんなものは10秒もあれば勃起する。不本意ながら同い年である以上その生理現象についてはサンジもよく理解している。そうなれば、またレディが危険に晒される。それはいけない。
「うし」
サンジはよーく手を洗ってからキッチンを出た。見張り役には夜食を与えておいたし、レディ二人はブランデー入りの紅茶を飲んでお部屋に戻られた。残りの野郎どもはとっくに男部屋で眠っている。ゾロは船尾で一人野宿。明日の為の仕込みも済んだ。
男部屋にいなければサンジの監視を免れると思っているのか、と、サンジは寝不足のせいもあり少し乾いてひび割れかけた唇を舐めるとにやりと笑った。
―――先人曰く、先手必勝。
(このおれのゴールデンフィンガーでちょちょいと抜いてやりゃあ、あのクソ魔獣も大人しくなるだろう!)
何が悲しくて、と思わなくもないが、全てはレディのためだ。寝ている間に膿を出してやれば、起きている間に変な気を起こす事も無いだろう。自分で出す気がないのなら搾り出してやるまでだ。
こんな作戦は嵐でも目を覚まさないゾロ相手だからこそ。足音も気にせず大の字のゾロの元に歩み寄ると、股間の凶器に目をやった。ゾロも股間もまだ起きてはいないようだ。近くにしゃがみ込んで寝顔を見下ろしながら、念のため声をかけてみる。
「おい、クソ剣士」
起きない。
「マリモマン」
起きない。
「ゾロ」
起きた。
股間だけ。
(何ィィィィっ!?)
自分の名前がスイッチオンの合図なのだとしたらこの男一日にどれだけスイッチをオンにしているのだろうか。まったくもって度し難い。だがもうやると決めた事だ、仕方がない。わざわざ勃たせる為にこのおれ様が努力しなくて済んだのはいいことだ、と前向きに考える。
「……さて」
気を取り直してゾロの身体を見下ろす。いい具合に日に焼けた、健康的な身体だ。胸板は厚く、全治2年と言われた大怪我も今ではただのトレードマークみたいになっている。手を伸ばし、それに触れた。傷跡は他の皮膚よりも薄く、感覚が敏感になる。文字通り袈裟懸けのそれを初めから終わりまで労わるように撫でてやると、ゾロの眉が寄った。だが、目覚めない。
「……汗クセェ……ま、いいや。搾り出してやる」
指先が乾きかけた汗を纏った肌をなぞってべたつく。深い傷跡の下からゾロの心音が聞こえた気がして、指先を往復させて胸の中央に指の腹を押し当てた。何のことは無い、自分の心臓の音が頭蓋に響いて聞こえているだけだった。緊張していた。
乾いた唇を舐めて、指先で乳首に触れる。今までに触れたことのあるレディのものよりも全然色気のない、ちんまりとした乳首だ。色も茶色。汗でべたついているし、何より周りが柔らかい乳房ではない。胸板だ。だが、それでもだんだんと芯を帯びてくるのが妙に楽しい気もして、中指と人差し指の間に挟んでみたり、指三本の腹で紙縒りを作るようにして摘んで見たりした。
「うおっ」
乳首に気を取られていたが、ふと股間を見下ろすとそれはもうのっぴきならない状態になっていた。そうだ、本来の目的を見失ってはならない。自分が野郎の身体をいじって楽しんでどうするのだ。目的は牛の乳を絞るように、業務としてゾロの精力を搾り出す事だ。汗ばんでいるウエスト部分に手を移動させ、ジッパーを下ろして、次の瞬間サンジは星空を見上げていた。
(……あ?あまりにチンコが臭すぎて気を失ったかおれァ?)
そうではなかった。まさに魔獣といったツラをしたゾロが、ポジションをひっくり返していたのだ。しかしふうわりと頭と腰をあのごっつい手に守られていたので、堅い甲板に身体をぶつける事はなかった。ので、何が起こったかわからず星を見上げて暫し呆然としていた。満天の星空でいっぱいだった視界の中にぬっとマリモが進入してくる。
「てめェ、覚悟は出来てんだろうな」
「あ?」
(やべェ、そういえばこいつはおれの喉笛噛み千切ろうとした奴だった!)
とにかく顔がやばい。ふんわりと横たわらされている場合じゃない。この様子ではサンジが何をしようとしていたかもバレている。起き上がろうとしても、優しく頭を支えていると思っていた手はサンジの後頭部の髪の毛をきゅっと絡め取っていて、起き上がろうとしてもそれを阻止してくる。やがてゾロの足がサンジの両足を割り、膝で股間を刺激してこようとしている事に気付いてサンジは反射的に暴れだした。
「この、何しやがる!!」
「搾り出すんだろ。協力してやるっつってんだ」
「てめェのクサレチンコから搾り出すだけだ、おれに触るんじゃねェ!!」
「だからおれが出すのを協力してやるってんだ」
なんだと。とサンジは目を剥く。であればこの男。サンジは一気に血の気が引いて両手足を猛然とバタつかせた。
「手近で済ませようとすんな!わ、わかった、金なら出す!次の島についたとき一緒に綺麗なお姉さん探してやっから……!」
「アホか。おれァ最初からてめェとヤりたかったんだ。せっかく人が我慢してやってたのに四六時中べったり張り付きやがるわ、人の寝込みを襲ってきやがるわ……これァ、もう、喰っていいってことだろ?」
「だろ?じゃねェこのハゲ!!トチ狂って適当な事言いやがって、そんなわけあるか、離せ!てめェがナミさんのご入浴を覗いてた事をおれァ忘れてねぇぞ、このエロマリモ!!」
サンジの思い出し逆切れに鼓膜を破かれそうになりつつも、ああ、とゾロは事も無げに頷く。
「ありゃ、てめェだと思ったんだよ」
「はぁっ!?」
「便所に行こうとしてた。てめェ、キッチンにいやがらねェから、てめェが風呂に入ってんだと思った。ドアノブ捻ったら鍵もかかってねェし、ついでにてめェの裸でも見てオカズを仕入れてやろうかと思えばナミでやがる。おかげでえれェ借金が増えちまった」
「あぁっ!?ナミさんをオカズにするなんててめェ、えっ?あれ?ちょ、え?」
「てめェだ、ナミの奴じゃねェ」
「おれを?オカズ?」
「ああ」
サンジは首を傾げる。まだ他にも納得いっていない事があった。そう、サンジはゾロに噛み殺されそうになっていたのだ。だが、ここまで墓穴を掘ったアホとは言え、流石に理解しはじめたサンジはワナワナと震える声で尋ねる。
「ね、寝てる間におれの喉……」
「あァ、舐めた。なんか寝息で動いてんの見たらたまらなくなった」
「噛み千切ろうと……」
「痕つけようとしただけだ」
気が遠くなった。つまり、この魔獣のやばい顔はサンジが守ろうとしてきたレディへ向けられたものではなく、監視者たるサンジにダイレクトに向けられたものだったのだ。どうりで命の危機を感じるほどの危機感を肌で感じたはずである。だが納得している場合ではなかった。危機は今も続いているのだ。先ほどの押し問答の間にどんなテクニシャンかは知らないが、サンジはゾロと同じような格好になっていた。上半身が剥かれている。
「うわ……ちょ、っとまて、やめ……」
ぬら、とゾロの舌が「見ていたらたまらなくなった」らしいサンジの喉を再び舐め上げる。鎖骨を舐め、首に浮いた筋を舐め、項に噛み付き、耳たぶを食み、耳の後ろを舌先でなぞり、そして耳元に欲情で低く掠れた声を吹き込む。
「……てめェの中で出してェ」
「あ……!?」
吹き込まれた声に脳髄を犯された。ぶる、と身体が震えて、スーツの前が窮屈になった。それに気付いたゾロが益々興奮して顔を近づけ、互いの股間をすり合わせるようにしながらサンジの耳にねっとりと舌を這わせ息も荒く尋ねてくる。
「いいか?」
よかねェよ、いいわけねェだろハゲ。
そう言わなかったのは、レディを危険から守るためだとサンジは自分に言い聞かせる。
だけれども、「どうぞどうぞ」と言う訳にも行かなかったので、ちくしょう、と一つ悔し紛れに呻いて、魔獣そのものな顔をしているゾロの口に噛み付いた。そうしたらその魔獣がガキみたいにニカッと笑いやがるので、もうどうにでもなれとサンジはゾロがそうしていたように男らしく大の字になってやったのだった。
リリース日:2010/09/08