LIFE

「人の命は他の命の犠牲の元に成り立っている」

 

 多分誰もが一度は耳にしたことがあるフレーズだろうし、普段考えることが無くともこう言われればその言葉の意味は深く考えずとも理解できるだろう。まあ、多少説教じみた話ではあるが。今回その言葉を吐いたのは、麦わら海賊団のコック、サンジであった。そして、それを言われたのは食事中だったロロノア・ゾロだ。

 

「…あ?」

 

 彼は今、まさにサンジが支給したシュリンプパスタをフォークにぐるぐると巻いて(本当は音を立ててずるずる食べたいが、注意されたので仕方なく)食べたところだった。ちなみに手は二口目にすぐいけるようにまたパスタをぐるぐると巻いているところなのだが。

 

「ものを口に入れたまま口開けんじゃねェよ、きたねェな。」

 

 反論しようとしたゾロを、「いいから黙って聞け」と先に封じてサンジは言う。

 

「例えば、朝にハムと卵を食って昼にホットドッグを食って夜にステーキを食ったとしよう。勿論おれはそんな栄養バランスの偏った食事をだしゃしねェが、まァこの食事だとして一日に単純計算で4つの命を奪っているわけだ。本当ならもっと沢山の命を奪ってるだろう。キャビアなんか食った日には一気に大量虐殺だ。つまり人が10000程度の命を身体に取り込むのにそう何十年もかかりゃしねェ」

「…それで」

 

 何が言いたい、と続ければ、サンジは「つまり、」とようやく結論に入ってくれそうな言葉を漏らした。

 

「その踏み台にしてきた命を無駄にすることは絶対に許されねェってこった。おれが好き嫌いをゆるさねェのはその為でもある」

 

 ウソップが「キノコは生き物じゃねえ」とコッソリ反論すれば、「キノコにも一寸の魂だ」とサンジの持論で一蹴された。まあそれはそれでゾロにとってはどうでもいい事だった。何しろ自分には好き嫌いなど無いからだ。しかし、サンジは明らかに自分に向かってこの説教めいた演説をしている。

 

「…意味わかんねェ、テメェおれに何が言いてェんだ?」

 

 どう考えても愛の告白には聞こえないので、いつものとおり喧嘩腰で聞けば、サンジは「ぬおーん」と効果音が付きそうなほど上からゾロを見下ろして(ゾロは座っているし、サンジは立っている)、ピッ、とゾロの足元を指差した。つられてそちらに視線を送る。

 

 ピンク色の小さなカタマリが見えた。…これはもしかしなくても、今まさに食べているシーフードパスタに乗っていた小海老だ。気づかないうちに落としていたらしい。

 

「食え?」

「長い演説かます前に教えりゃいいだろうが、アホコック!もう10秒以上経っちまったじゃねェか!」

「アァ!?テメェみてェな粗雑な生き物に10秒ルールが適用されてたまるか!いいから黙って食え!」

 

(注:十秒ルール→机の上に落ちたものでも、10秒以内なら拾って食べても衛生上問題が無い、とするルール。科学的根拠はあるらしい。ちなみに、床の上や地面に落ちたものに対しては適用されないと思われるが、サンジにはそのルール自体が適用されない。)

 

「その小海老の命を無駄にすんだったら、おれはお前を、」

「あぁ?なんだァ?やろうってのか!」

 

 ガタ、と立ち上がってサンジとにらみ合う。が、サンジが続けた言葉によって、ゾロはとても素早い動きで、

 

 

 

「おれはお前を、嫌いになる。」

 

 

 

 ほぼ反射的に海老を拾って食べた。

 

 

 一万の命だとか、犠牲だとか。そう言ったありがたい演説よりも、この一言のほうがよっぽど効果覿面なのであった。

 

(ク……クソッ!!!)

 

 殆ど何かを思う間もなく脊髄反射で落ちた海老を食べたゾロは、思わず最愛のコックの口癖を心の中で呟いたのであった。

リリース日:2010/08/21

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