いろいろいろは

 女性用の大人のおもちゃをオシャレにした商品が今度うちの部から発売されるから、あんた自分の彼女にプレゼントしてモニターしてきて。

 

 友人のナミにそう言って渡された謎の三種類のおもちゃは、オシャレなどとは縁遠いゾロから見ても、まあ、置物っぽいと言うか少なくともアダルトグッズっぽさはあまりわからないものだった。

 彼女などいないしそんなの自分で使えばいいと突っぱねたところセクハラだと頭部をしこたま殴られたのが全く納得がいかないのだが、家に帰宅するゾロの鞄の中にはその三種類がしっかりと入れられていた。電車に乗って息をしているだけで痴漢冤罪だのなんだのと騒がれている昨今、なんてものを持たせやがるとゾロは内心悪態をついて家のドアを開けた。

 

「帰ったぞ」

「おかえりー。飯できてるぞ、着替えたら手洗いうがいして座って待ってろ」

 

 ゾロには彼女はいないが、彼氏はいる。サンジという名前でコックをしている同い年の男だ。そして持たされたグッズは女性用。家に上がりこんで色々食事の支度をしている大切な恋人の小さな尻を眺める。使えなくはないだろうが、烈火のごとく怒るに違いないし、自分だって道具なんかをアレの中に入れるより自分が入りたいと思う。

 しかし、自分はずぼらだし、こんなものを隠し持っていたって整理整頓が好きな彼にはすぐ見つかるだろう。自分がなぜこんなものを持っているのか下手に隠していた時の方が正直に言うよりもずっと面倒なことになるに違いない。

 

「おい、飯より先に相談があるんだが」

「あ? なんだ?」

 

 エプロンをつけたまま彼が居間に顔を出したので、ローテーブルの前に正座して件のおもちゃを並べる。

 

「……なんだこれ?」

 

 彼のもっともな疑問にゾロは重々しく返答した。

 

「新製品の、女向けの大人のおもちゃだ。試せと言われてる」

 

 どこから蹴りが飛んできても良い様に構えていたのだが、サンジはきょとんとして、それからむずかしい表情を浮かべた。

 

「……仕事で?」

「まあ、おれの仕事じゃねェが……断れなかった」

「ふーん……」

 

 そう呟いてサンジは頷いた。

 

「……仕事なら仕方ねェ、んじゃね?」

「は?」

 

 使ってもいいのか? これとかを入れて動かしたりこれとかで挟んで動かしたりするんだぞ? そう思ったが、サンジは話は終わりとばかりにキッチンへ引っ込んで行ってしまった。なんだか耳の先っぽが赤い気がする。

 

(興味あんのか……)

 

 エロコックだもんな、そうか、と無理やり自分を納得させつつ、ハトが豆鉄砲を食らったような顔のまましばらく固まってしまった。

 

 

 

 

 そして夕食。サンジの様子がどこかおかしい。そわそわしているような顔で、食事の為に隅に避けておいたおもちゃを気にしている。

 食事を終えても上の空のサンジに、食後の茶をすすりながらそんなに気になるなら、と声をかける。

 

「今夜使ってみるか」

 

 びく、とサンジの肩が跳ねた。

 

「今夜? ……随分急だな」

 

 お前が気にするからだろ。そう思ったのだがそんな事を言ったら蹴られそうだ。しかし、様子がおかしいのが気になる。楽しそうならいい。だが、悲しいのを我慢しているような顔に見えるのは気のせいなのか。

 

「嫌なら無理しなくていいんだぞ」

「……お前は嫌じゃねェんだろ?」

「そりゃまあ……試す程度ならなァ」

「だったら、おれがとやかく言う様な事じゃねェし……」

「いや、とやかく言えよ。てめェの事だろ。てめェが嫌ならおれも嫌だ」

 

 欲しいものを我慢している子供の様な顔が嫌で、でもここで話を終えたらきっともうこの男は二度とこの件に関して口を開かないと思ったので、勢いよく畳み掛けた。するとサンジもようやく観念したのか、ジーンズの生地をぎゅっと握って、唇を尖らせ、俯いて呟く。

 

「……いやだ」

「そうか、ならしねェ。っつか、嫌なら最初から言えよ。なんで我慢しようとしたりすんだ」

 

 サンジの嫌がることを、サンジのせいでやりそうになってしまったので責める口調になってしまったのは仕方ないと思う。だが、サンジはきっとゾロを睨み付けて、ガタッと立ち上がり怒鳴りつけてきた。

 

「そんなの、聞く方がおかしいだろ!? おれがちょっと酒屋の野郎と仲良くなったらやきもち焼いておしおきとか何とか言って人をクソ散々な目に合わせたりするくせに、自分はレディとおもちゃで遊んでいいかって、なんだよそれ! 仕事だからしょうがねェが一応うるせェだろうから確認とっとくか、って事かよ! 人を舐めんのも大概にしろよ!」

「おい何言ってんだ誰がおもちゃで女と遊ぶんだ!?」

 

 激昂してマシンガントークが止まらないサンジに、ゾロは慌てて口をはさむ。このままでは最後に「死ね!」で締めくくって裸足で飛び出しかねない。なにしろ長い同居生活だ、数回前例がある。

 

「てめェがありゃレディ用のおもちゃだって言ったんじゃねェか!」

「そりゃ女用だとは言ったがてめェにも穴はあるだろうが!」

「あァ!? ……お前、おれに使うつもりだったのか!?」

 

 自分の言い方も悪かったらしいが、この男、ゾロが仕事にかこつけて堂々と浮気します宣言をしていたと勘違いしていたらしい。しかし慌てすぎて言葉を間違えた。やっぱり「死ね!」のコースか。無意識にサンジの素早さを上回って玄関までのルートを塞げるかどうか目がサンジの足を見る。

 

 

 が、その足は膝からストンと頽れた。

 

 

「……そ、うか」

 

 

 蹴られもせず実家に帰らせていただきますも無く、ただ心底安心したように呟いたサンジに、ゾロもホッとした。

 そして、いもしない「ゾロにおもちゃを試される女」に嫉妬したサンジに愛しさと――そして、怒りもつのる。

 

 

「……つまり、てめェはおれが仕事なら平気で女とそう言う事をするんだと思ったんだな?」

「デザートあるぜゾロ。ちょっと早いがバレンタインのチョコをだな」

「それを、てめェは我慢しようとしたんだな?」

「紅茶とコーヒー……」

「いらん。明日食う。今は他にやることができた。OKも出た事だしな」

 

 座ったままじりじりと後ずさるサンジの首根っこをつかまえて、ズルズルと引きずる。勿論行き先は寝室だ。途中おもちゃを拾っていくのも忘れない。

 

 

 

「たっぷり感想聞かせてくれや」

 

 

 

 

 翌日。

 ナミに「泣かせちまったからうちではもう要らん」と正直に答えたのに、セクハラ! と頭部を強打されたのはやはり納得がいかなかったが、まあそれなりにいい思いもさせてもらったので、叩きつけられた使用感のアンケートには「悪くはない」に○を打って提出したのだった。

リリース日:2013/02/18

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