問い合わせ先不在にて返答なし。

 2年だぞ、2年。

 

 2年もありゃ人は変わる。変わろうと思って過ごしてきたんだから尚更だ。フランキーはなんかもう人間とかけ離れた感じになってた。おれもハタチも超えて身も心も強くなった。20を超えるって言うのは、所謂大人の仲間入りってヤツで、まあいままでもおれはオトナだったわけだが、益々ダンディな大人になったわけだ。当時は頑張っても伸びなかった髭だって結構増量したし。

 

 んで、マリモだ。やつは顔にご大層な傷をこさえて帰ってきた。帰ってきたというか、先について皆を待ってた。あいも変わらず迷子だったが、なんだかよりごつくなっている気がした。筋肉マンだ。額に文字を書いてやりたい。船を真っ二つにしてカッコつけてまァ。「あの時」の再現ですかってんだと思わず胸が熱くなる。「暇つぶし」なんて呟きやがったら絶対蹴ってやると思ったけど、もっとカッコつけた事言ってた。相変わらずだ。

 

 そのクソ迷子は買い物をするため市場を物色するおれの後ろをとりあえず黙ってついてきていた。そろそろ皆が集まろうかって時に一人で行動するクソバカではあったが、自分の迷子病くらいはこの2年の間で理解したようだと思ったのだ。感心すらした。こいつもやすやすと船を一刀両断できるほどまでに強くなったのだろうが、それも含めて大人になったのだなと。

 

 それはそれ、こいつが成長していようがいまいがおれにはあんまり関係ない。何しろおれと奴は犬猿の仲。一緒に歩いているだけでイラッとさせられること多々なのだ。さらにはレディ以外にはまったくもって興味がないおれだ。地獄での2年間でナミさんやロビンちゃん達への思いは益々募った。お二人にこの料理の腕を一刻も早く披露したい。どうせ船長は再会記念の宴だとかなんだとか言い出すだろうし、色々買って帰らなけりゃ。

 

 ちょっとばかし、ほんのちょっとばかしだけ成長したクソマリモは荷物もちとして使ってやってもいいが、ここはシャボンディ。荷物なんてあってないようなもんだ。なので、この迷子マン自体が荷物だ。まあでもまた一人でうろついて迷子になられても困る。黙ってついてくる分には問題ねェ、そんな感じで市場をカッポカッポしてたらいい酒屋を見つけたので近づいていった矢先だった。

 

 繰り返すけど、2年だぞ。おれはもう21歳だが、そしてこのマリモも21歳だが、この時期の2年ってのはほんとに長い。おれたちはオトナになったのだ。成長したのだ。大事な事なので繰り返す。おれたちは、オトナに、なったのだ。

 

 それを踏まえた上でおれは神様に問いたい。間違っても電撃ビリビリのクソ耳たぶではなく、目に見えないアッチのほうの神様にだ。女神様にはこんな事は聞けない。

 

 

 

「んぐ、んんーっ!!?」

 

 

 

 その大人になったはずのマリモにおれはなぜ暗がりに引っ張り込まれて噛みつかれてますか?なあ神様答えろや。

 

 

 誓ってもいいがおれはあの地獄で誰にもこんなことはされなかった。連中が挨拶代わりにしたがったりした事もあったがおれは頑なに拒んだ。レディには、ついでに神様には誤解はして欲しくないのでこれも言っておくが、今までにこんなことマリモとはした事はない。というか、麦わらの一味に入ってから、悲しい事に誰一人ともキスなんか。だからこの唇は本当に二年以上、誰とも触れてはいないのだ。いわばサンクチュアリだ。ナミさんとロビンちゃんのためだけにとっておいたこの唇が、何故マリモに噛まれ唾液まみれにされているのか。

 

「何、し、…やがっ……!」

「黙ってろ」

 

 だから、「んっ」とか「ふっ」とかうっかり甘い声を漏らしてしまったのも、なぜなのか問いたい。別にこのクソ剣士の唇は刀を銜えてやがるくせに案外柔らかいことなんかちっとも意識したりしていないし、舌同士がたまに事故みたいに触れ合うのだって全然なんとも思っちゃいないのに、何故。マリモはおれ様のセクシーボイスに煽られたのか、ガンガン腰を押し付けてきやがる。なんなのこの硬いのイヤだイヤだああイヤだ。もう、訳がわかんねェ。久しぶりに会った仲間に噛み付く習性でもあるのか。なんつー凶暴な藻だ。

 

 火傷しそうなほどの熱を孕んだ分厚い舌がおれの口の周りをべろっべろ嘗め回す。おれのじゃない熱がおれの中を暴れまわっている。おれの唇はきっと最初に噛み付かれたせいで可哀想な位赤くなっている。食い物ならおれが市場で今から買おうとしていたところだってのに腹が減っているにもほどがある。いやおれは食い物じゃねェんだが。

 

 この無礼な魔獣を蹴ろうにもおれの最大にして最高の武器である脚は抑えられて―――いや、抑えられてねェな。驚きすぎたせいだ。動けない。体がふるえている。もう本当にやめて欲しい。伸びたダンディあごひげやら鼻の下を舐めたりするのは。おかげで鼻呼吸するたびにゾロの匂いがする。くせえ。

 

 便所が詰まった時に使うあれなんだっけな、スッポンが正式名称か?アレで詰まりを吸い上げるみてェにおれのスウィートな唇を上下合わせて吸い上げられて、きゅッぽん、と漸く奴がおれから顔を離した。

 

「て、……め」

 

 断じてこれはキスなんかじゃなかった。おれのハラん中からこのクソマリモを罵倒するありとあらゆる言葉を吸い上げるための吸引だ。キスだったとしたらへったくそにもほどがあるだろ。こんなの。

 

 で、あんだけ藻スッポンに魂抜けるぐらい吸い上げられたのにおれの喉の奥で詰まった罵声は出てこない。吸い上げが足りねェのか。いやまさかそんな。吸われまくって歯やら舌やらちょっと荒れた唇やらの摩擦で痛いくらいなのに。

 

「ゾ、っ」

「呼ぶな」

 

 なんとか罵ってやろうとしたらなんか名前が出そうになった。そしたら馬鹿力でぎゅうっとされたので途中で引っ込んだ。息も止まった。

 

「……呼ぶな」

 

 何お前赤くなってんの、人に噛み付いといてよ。地黒だから遠目からじゃ多分わかんねェけど、こんだけ近けりゃわかる。こいつ今赤面してるぞ。はっ、だせェ。なァおい何とか言えよ。いやおれも色々言いたいのは山々だ。死ねとか死ねとか死ねとか、あと、ちょっと言葉は悪いが死ねとか。でも声が出ねェんだ、足が唇が指先が震えるんだ、しょうがねェだろ。それに今口を開いたら、なんかおれはよくねェ事を言っちまいそうな気がするんだよ。だからてめェがなんか言えよ。なあ。なあ。おい。おいって。

 

「……てめェだな。てめェのにおいだ」

 

 そういうてめェは海水くせェよ。海水くせぇって言うかもはや生臭ェよ。海水で全身ビッショビショになってからそのまま乾かしちまったから黒い外套は塩まで噴いてるし、本人はだらっだら汗かいてるし。でも、そうだ。これはてめェの匂いだ。揺れない地面ではあまりかぐことの無かった潮の匂いと本気の喧嘩でぶつかり合ったときに鼻腔に入ってきていたてめェの、汗くせェケダモノみてぇな臭いだ。2年ぶりの、ゾロの、ロロノア・ゾロのにおいだ。

 

 それを嗅いじまったら、そんで意識しちまったら、もうダメだった。なんか、もう、ダメだった。

 

 呼ぶなって言われたけどよ、いいだろ、もう、お前が吸うから、吸いまくるから、詰まったモンが、出ちまうんだよ。腹の奥に溜め込んでクソと一緒に便所に流したつもりだったモンまで、全部吸い出されちまった。

 

 

「ゾロ……」

「呼ぶなって……言ったろうが……」

「ゾロ。ゾ、ロ……」

「クソコックが……ッ!」

 

 

 また噛み付かれた。そんですげえ勢いで吸われている。ああ、頭がくらくらする。賢いおれはここで一瞬にして悟ったね。神様、居る居るっていわれてるが実はおまえいねェんだろ。いたらこんな、レディ大好きなおれにこんな、こんな仕打ちをするはずが。そうだ、神様なんていねェ。いねェもんはしょうがねェ。いもしねェ神様にゃ責任転嫁できねェ。

 

 お前が悪いんだ。全部お前が。ゾロ。

 

 おい、おれの腰を支えるな。おれがまるで膝にキちまってるみてェだろやめろ。なんかその優しい手付きがものすげェムカつくので、どうせこの2年間の間でも一つだって傷をつけていないんだろう背中に爪を立ててやった。おれの唇を死ぬほど吸っていた男の顔やら耳やらがまたくわっと赤くなった。ざまあみろ。

リリース日:2010/10/24

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